マネーサプライを増やせば景気が良くなる?

 前回の記事のコメント欄でがうすくんが質問をしてくれたので、その質問に関連して記事を書いてみたいと思います。一応コメントには「後日」と書きましたが後日ではめんどくさくなりそうなので勢いで書いてしまいますw
 ただ、今回はやや難しい、というか、ある程度の経済に関する知識を前提とさせていただきます。一部説明が丁寧でないところがあるかと思いますが、ひとつひとつ説明するとなかなか本題にたどり着けないというところもあるので、ご勘弁願います。とはいえ、適当にググるなどしても不明な点があれば、またコメント欄とかに書いていただければ出来る限り対応するつもりです。


 さて、今回の一番のポイントは、タイトルにもあるとおり、「マネーサプライを増やせば景気は良くなるのか」という問題です。よく不況時には「マネーサプライを増やせ」という経済評論家の意見などを聞きますが、それはどうか、という話です。「そもそもマネーサプライって何?」ってあたりから説明していきます。

マネーサプライとマネタリーベース

 今回の問題を考えるにあたっては、マネーサプライという概念と、併せてマネタリーベース*1という概念をまず整理しておく必要があります。
 マネーサプライとは、民間非金融部門保有の現金及び預金の合計として定義されます。要するに、みなさん個人や、銀行などの金融機関を除く一般企業が保有する現金及び預金です。一方で、マネタリーベースとは、民間部門保有の現金通貨と日銀当座預金の合計として定義されます。まず、民間部門保有の現金通貨というのは、世の中に出回っている1万円札や500円玉などの紙幣や硬貨だと思ってください。日銀当座預金というのは、のちほど必要に応じて説明を加えますが、ここでは、民間銀行が日銀(中央銀行)に作っている預金口座、くらいに捉えておいてください。中学や高校の公民で、「日銀は、銀行の銀行としての機能を有する」と習ったのを思い出していただいて、我々が民間銀行に預金口座を作るようなイメージで、民間銀行も日銀に預金口座を作っています。それが日銀当座預金です。なお、日銀が直接操作できるのは、このマネタリーベースです

景気と投資

 次に、どんなときに景気がよくなるのかを軽く触れておきましょう。もちろん景気を決定する要因というのは様々ですが、ここでは一つ、企業の設備投資というのを挙げておきましょう。投資が増えれば雇用なども増えて、経済全体の稼働率が上昇し、ひいては景気も良くなっていきます。この辺は直感的に理解できるでしょう。
 それでは、どのようなときに投資が増えるでしょうか。一般的には、市場金利が低い時とされます。設備投資には莫大な資金が必要ですから、企業は銀行から資金を借り入れる必要があります。このときに、金利が高いと、返済すべきお金が増えてしまいますので借金がしづらくなり、結果的に投資も減ります。逆に金利が低ければ、返済すべきお金も実際に借りた金額に対してそれほど増えないので借金がしやすくなり、結果的に投資も増えます。
 したがって、景気に対して金利の決定が非常に大きな意味を持っているといえます。なお、現在の長期金利(10年もの国債金利)は1.3%前後と超低水準にも関わらず、日本が不況が抜け出せない理由は、以降の説明によりなんとなくわかるかと思います。

マネーサプライが景気を決定する?

 さて、「マネーサプライを増やせ」という論者の論理は次の通りになります。
 「マネーサプライすなわち個人や企業が保有するマネーを増やせば市場金利が下がる。市場金利が下がれば企業の投資が増える*2。そうすれば景気も良くなる。」
 まぁ、たしかにもっともらしいはもっともらしいのですが、実はこれが誤りで、マネーサプライの増加が市場金利の低下を導くということはありません。むしろ、因果関係が逆です。市場金利が下がるからマネーサプライが増えるのです。それでは市場金利を決定するのはなんでしょうか。これを詳しく説明するとまたいろんな言葉の説明が必要になるので割愛しますが、結論だけ言いますと、マネタリーベースが市場金利を決定します
 「政策金利」などという言葉を聞いたことがある人はなんとなくわかると思いますが、日銀は政策金利というのを定めて金利の水準を調整しています。そして、前述の通り、日銀が操作できるのはマネタリーベースですから、マネタリーベースを操作して金利の水準を決定しているというわけです。
 「マネーサプライを増やせ」という人はこの辺を誤解しているわけです。たしかに、マネーサプライと景気にはある程度の相関が認められますが、マネーサプライというのは「増やせ」といって増やせるものではありません。また、マネタリーベースを増やせば当然のごとくマネーサプライも増えるかのような錯覚に陥りがちですが、マネタリーベースを増やしても、その増えた分がそのまま日銀当座預金に滞留すれば、マネーサプライは増えません(下図)。

 マネタリーベースを増やした場合にマネーサプライが増えるためには、マネタリーベースの増加による金利低下を受けて、企業が銀行からの借り入れを増やすなどしなければなりません。すなわち、銀行が日銀当座預金からお金をおろして、そのおろしたお金を企業への貸出にまわすなどすれば、マネーサプライは増加します。


 しかし、結局「マネーサプライを増やせ」というのは「企業の投資を促進するため」であって、別にマネーサプライ自体増えなくても投資さえ増えれば景気は回復するとも言えます。つまり、企業が銀行を介さずに(=上図でいうと「民間部門(銀行以外)」という部分だけで)資金調達をして投資を行えば、それはそれで景気は回復すると考えられます。たとえば、社債発行や新株発行で投資家から資金を募るなどすればいいわけです。

質問への回答

 さて、長くなりましたが、以上を踏まえてがうすくんの質問に答えてみたいと思います。

“上”が貨幣の量自体を操作しない限り,また国外へ投資などでの流出が多くない場合,国内の総貨幣量はほぼ一定になるはずですよね。

 上述の内容からすれば、そうとも限らない、ということになりますが、まぁ、たぶんここではそんなに意識することもないかと思います。

高齢者の預金にせよなんにせよ銀行から「預金」が減るということは,市場でまわる貨幣の量が増えることかと思うのですが,そしたらこの場合,不況は脱する見込みという考えでよろしいのでしょうか?

まず、もともと「預金」もマネーサプライを構成していますので、ある個人が預金を崩して現金にしたところでマネーサプライに変化はありません。とはいえ、マネーサプライとかいう概念とは別に、「実際に消費・投資されるお金」として市場に流通することはたしかです。
 ただし、問題は「投資が増えるか否か」であって、たとえば、この「実際に何かしら使おう」というお金が、企業の有する既存の借金返済に使われれば、景気がよくなるということはありません。現在の日本はまさにこの状態であって、日銀がマネタリーベース増加→金利低下という誘導を行っても、企業の投資意欲がまだ回復しきっていないために景気回復が遅れています。*3
 したがって、「実際に何かしら使おう」のお金が投資に回されれば、景気は回復していくことになるでしょう。


 前回に比べ、だいぶ話がややこしくてわかりにくいと思いますが、貨幣の流通量が増えれば投資が促進される可能性が高まるというだけで、景気回復に直接的に関係して重要になってくるのは投資が増えることだ、というあたりがポイントだと思います><

*1:ハイパワードマネーともいいます

*2:ついでに言っておくと住宅ローンとかも組みやすくなるので個人の住宅投資とかも増えるでしょう

*3:もっとも、最近は設備投資意欲も回復傾向にあります